愉快痛快なジニー社長のずば抜けた経験談
今の時代こそよく聞く「ブルーオーシャン」。競合相手のいない(もしくは少ない)市場のことを指す言葉です。それを独自の感覚で1980年代に成し遂げてしまったのが、先代のジニー社長でした。
ジニー社長は、本当にびっくりするような経験をさらっとお話してくださいます。ある日、投資の話になり、世の中にはハワイ不動産以外にも投資は色々あるけれど、ジニー社長は何か他に投資されたことあるか尋ねてみました。
軽い気持ちで質問したのですが、ものすごい回答が来てビックリしました。
「私はね、マカデミアナッツ農園を投資で買ったことがあるのよ」と。さらっとこんな回答をするところがジニー社長の魅力でもありました。
驚いて「株ではなくて、農園ですか?」と聞き返すと、ニコニコしてそうだと答えます。ビックアイランドのハワイ島で何千エーカーという広さの農園を持っていたようです。
「当時ね、マカデミアナッツで儲けようと思って買ったのよ、わっはっは。でも、上手くいかなかったわ、やっぱり難しいのよ。農作物は害虫ももちろんだけど、虫みたいな人間が一番苦労したわ」と言うのです。私は「え?虫?」と良くわからないこの状況を理解しよう努めました。結局、一番の被害は、「泥棒」だったそうです。
大きな土地だとセキュリティ管理も難しく、夜中にトラックで来て、ごっそり木々ごと盗まれたそうです。警察に報告しても埒が明かず、相当参ったと話していました。
それよりも、この話がジニー社長ご自身の経験談であることに驚きを隠せませんでした。ジニー社長のビジネスのアイディアはすごい飛び抜けていること、人のやらないことをさらっとやってしまうことに脱帽していると、ケラケラ笑いながら、「人がやらないことをやるって面白いでしょ」というのです。
その後、まさかまだ続きがあったのです。
「実は銀山ももっていたのよ」と。私はまたびっくりしてしまいました。「私、金や銀が好きじゃない?いっそ山で買ってみようと思って、コロラド州の山に行ったのよ。わざわざハワイから飛行機で行って、長旅の末にやっと辿り着いた山の入り口からヘルメットを被って、トロッコで山の中に入っていくの。笑っちゃうでしょ」と、昨日のことのように、ケラケラ笑って話してくださいました。
「これも大して儲からなかったけど、面白い経験よ。トロッコに乗って銀山に入っていくんだからね。周りはみんな白人で、アジア人は私だけだったわ」
このようにジニー社長は、今でいう誰もしないこと“ブルーオーシャン”を1970~80年代に自らの感覚で切り開いていた方でした。多くの日本人は当時、アメリカに渡り仕事に就いても、言葉の障害や人種差別の中、観光ガイドやお土産屋さん、また日本料理店や小売店などのレジの店員が主で、キャリアを積むという選択がなかなか難しい時代だったように思います。
そんな中、1973年に不動産ライセンスの学校に、アメリカ人だらけの中で最前列に座り、辞典片手に必死に勉強し、英語での筆記試験を見事に合格。さらには会社の経営までして、外国の地で社長にまでなったジニー社長。彼女のエネルギーたるもの、私は心から尊敬しています。そして、誰もやらない事を自ら進んでいく勇敢な姿・度胸に心から敬意を示さざる負えません。
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